元旦にて

あけましておめでとうございます

先ほど家族と、15文字のこの短い新年の挨拶を交わしました。
毎年毎年、当たり前のようにしてきた事ですが、その言葉を交わす相手がいるのは幸せなことなんだなぁ、
と改めて気がつきました。

なにがめでたいかって、今年もあなたと会えて、新しい年を迎えられて嬉しいですよって事かなと僕は思います。
だって、わからないじゃないですか、来年もまた変わらずに会えるかなんて。

かといって、僕たちは毎日生きるか死ぬかをやってるわけではないですよね、まあ一部の特殊な人を除いては。
大抵の人は、今日も明日も来年も、生きてるのが当たり前と思って生きてるわけです。僕も勿論そうです。
そんなに死が身近に感じられる事って、普段の生活ではあまりないですもんね。
僕たちはあまりそれを見たくないですし、遠ざけていたい。生のほうにばかり目を向けていたいわけです。
生きているんですから、色があって、形があって、綺麗な物を見たい。美味しい物を食べたい。ぽかぽかとあたたかい日の光の下で
あったまっていたい。誰かと、話をして笑い合いたい。わかりあいたい。

全部、生きていればこそですよね。

あなたが、僕が、その人が、生きていればこそ読む事の出来る生の物語。
それに対して、反対の死の物語は、遠い遠い世界にある、自分とは関係のない話として読まないように本棚の隅に置いてあるわけです。
ところが、ある日突然、自分が読んでいた物語が、同時に死の物語でもあるのだと気が付くわけです。
自分は死ぬ運命にあるのだと、人は悟るわけです。
生まれたという事は、いつか死ぬという事だと。
さあ、どうしたものか。
ある人は悔いの無いように生きようと思い、ある人は果てしなさの前に呆然とし、ある人は見ないふりをしてまた生活を始める。
人それぞれ、対応は違ってくると思うんですが、事実は変わらない。
人生の全ての内容は、生と死の間にある物語。
道は一方通行。

今年もまた一年が始まりました。
どんな物語が奏でられるのか楽しみです。
毎日って即興演奏だから、自分でも次にどんな音がくるかわかんないんですよね。
それとも、僕は本の外側を知りたいのかな?
また書いて、考えていきたいと思います。

元旦にて

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