今日はどしゃ降りじゃないからいいよ

「今日はどしゃ降りじゃないからいいよ」

と、うちのばあちゃんが言っていた。
だけど今日はどう見ても快晴で、きっとばあちゃんは夢を見たんだろう。
ばあちゃんにとっての現実は少しずつ変わって来ている。
心の中で作り上げられる物語とか、認識は独自の世界になりつつある。
そうゆう時があったり、はっきりと冴えて僕たちの世界と物事を共有している時があったり。
詩人のように口数が少なくなり、物思いに耽ってるように見える時もあれば、明るく、よく笑ってお喋りしてくれる時もある。
大抵、話題は昔の事が多い。
昔の話は本当によく覚えている。
たまに物語がばあちゃんの都合のいい方に傾く時もあるけど、それはご愛嬌。
きっと、ばあちゃんには人生を思い出す時間が必要なんだ。
そこから何かを新たに見つけるかも知れない。
当時はわからなかった事を、今から見れば受け入れられるとか、あの人の気持ちがよくわかるとか。
だから、ばあちゃんは今日にいるように見えるけれど、ひょっとしたら、1947年の1月とか1955年の結婚した頃とかにいるかも知れない。
中々、じっくり耳を傾ける事が出来ないけど、たまにゆっくり話を聞いてみると、話しながら昔の事を思い出す時がある。
そうゆう時は、いつもの散歩道を歩いているけど、ふっと違う方向に目をやったらそっちにも広がってる景色がそういえばあった、みたいな感じで喋ってくれる。
お年寄りの話をちゃんと聞けて、知らない話を引き出せたらそれは成功だ。
誰かが、お年寄りは一つの図書館みたいなものです、言っていたけど、本当にそうかも知れない。
しかも同じ本がない、それぞれオリジナルな本が置いてある図書館だ。
だけど、その図書館に入れる人は少ない。
まず、傾ける耳が必要で、興味がなくちゃ何分も聞いていられないだろう。
それに想像力も試される。
だって、ばあちゃんの口から出てくるのは物語の断片だから。
それを補うのは想像力とか、いい質問だ。
どちらもなかなか出来たもんじゃないけど、そう考えると、話を楽しくするのは聞く側の努力も必要って事なんだ。
忙しくない時に今度話を聞いてみよう。
ばあちゃんは流れてる時間が違うんだ。
だからこっちの時間も合わせなきゃ。
大体、人によって流れてる時間のスピードって違うらしい。
都会の人。
自然のリズムと生きてる人。
子ども。
老人。
みんな違う。
太陽はそーっと、そーっと西に沈んでいく。
弟はバイトに出かけた。
時計の針は動いてる。
ばあちゃんは縁側で庭を眺めている。
今日は時間が止まってるみたいな日曜日。

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