じいちゃん

じいちゃんは世界で一番優しい人だった。
いつも穏やかで、何処となくひょうきんで、すごく楽しそうに笑った。
飼ってる犬(さすけ)にも「さすけさん、いす座るかえ?」といすを勧めたり、日本酒が好きで、お酒に酔うと道路に寝そべって平泳ぎしていたとかいう話を、家族から聞いた事がある。
歌が好きで、町内の老人会では、飲むとまず一番に歌いだす役だったらしい。
「秋男さんがいなくなっちまって、誰も歌を歌う人がいなくなっちまったから寂しいよぉ」
と、老人会の方がつぶやいていたと、ばあちゃんが言っていた。老人の呟きはtwitterではなくて、身近にいる人に受け取られる。あるいは、まったく一人の時に呟かれる言葉は、自分と、そこの空気の中に吸い込まれる。透明な水の中に、絵の具を一滴垂らすみたいに、その言葉はその場所を染めていくんだろうか。言葉でなくたってもいい。誰かがふっと漏らした、ため息一つだって表現だと、昔に先生が言っていたのを思い出した。
twitterやソーシャルメディアがこんなに広がったのは、身近にいる人にちょっとした思いとかため息を聴いてもらえなくなったからっていうのも一つあるのかなって思う。
ちょっと前ならまだ、「今日やな事があったんだ」とか、「今日こんな面白い事があったんだ」っていうのを、家族や友人に聴いてもらえて満足できてたんじゃないかなと思う。
人は聞いてもらいたい生き物だし、見てもらいたい生き物だ。おおまかに言ってしまえばだけど。小さな子供を見ればよくわかると思う。
「ねえ、見て!」「見てて!」「こんなこと出来るんだよ!」
その時に大人がちゃんと見てあげて、わぉ!すごいねぇ、と言ってあげれば子供は満足してまた遊びだす。やな事、つらい事、楽しい事、嬉しかった事があったら、子供は子供のタイミングで自然に話してくれる。そのタイミングを逃さず、そうだったんだぁ、悲しかったねぇ、とか、よかったねぇ、嬉しかったねぇ!と共感してあげれば、その子は気持ちをしっかり受け止めてもらえたから、またしっかりと歩き出せるようになる。それはいつも子供を見ていてもそうだなって思う。子供にはなんていうか、自分で自分を直していく力っていうか、すっごく落ち込んだり泣いちゃったりするけど、待ってるとまた自分から立ち直ったり、フラットに戻る力がある。また、そういうきっかけを待ってたりするように思う。同時に、子供はすごく感情表現が上手な人だと思う。もちろん、子供によってそれぞれ違うけれど、今思うと、どうして子供の頃はあんなに心が揺れたりぐにゃっと形がすぐ変わったりしてたんだろうと思う。でもそれが子供なのかな。大人は子供がちょっと背伸びしてるってこと。子供を持ったまま大人になれたらいいな、と思う。

子供は、自分の発達に必要なことしか要求しないのだという。しかし、それが子供時代に十分に満たされなかった子供は、大人になってからその部分を取り戻そうとする。だから、子供の頃にちゃんと聞いてもらえなかった、見てもらえなかった子供は、大人になってから注目を集めたがったりする。でもそれは一概に悪いこととは言えないと思う。芸能事務所のスカウトの方は、スカウトする人を決めるポイントはルックスなどももちろんそうだが、その人が注目を集めるためなら何だってするかどうか、そうゆう所を見るらしい。そこは勘で見極めるらしいんだけど。
でも誰も、完璧な子供時代を送ったひとなんていないんだから、大なり小なり満たされなかったりした、そういう部分は誰しも持ってるんだと思う。
だからもしかしたら、ちょっとしたみんなの、弟が産まれてあんまり構ってもらえなかった頃とか、いいことがあったのに仕事が忙しくて聞いてもらえなかった子供時代、とかそういうちょっとした欠落がみんなを動かしてたりするのかな?と思ったりした。もちろん自分も含め。
だけどここで思うのは、メディアを通じたコミュニケーションで、どこまで心は満たされるのかな?という所です。
逆に虚しさが広がったりはしないのかな、と。手が触れられるほどそばにいる人に聞いてもらえれば、言葉だけじゃなくて、表情や温もり、匂いとか声の優しさとか、体レベルでの共感、安心感などまで伝わると思うんです、心と体がそばにあれば。でも、メディアを通じて得られるのは主に映像や音声、言語を通じたコミュニケーションで、情報はそれこそ洪水のように溢れてくるけれど、ぎゅっと掴まれる体がないように思いませんか?(とかいって書いてるんですけど)
なるべく、自分も頭でっかちにならずに、体の声を聞いて!心の歌を聞いて!日々、過ごしていきたいなと思うこの頃です。

今思えば、じいちゃんと相撲したり、将棋したり、リヤカー押して畑仕事に付いて行ったり、タバコ買いに行ったり、めっちゃ楽しかったなぁ〜!すごくありがたい時間だったんだなぁ、と思います。じいちゃんの場合は、話を聞いてくれるとかそういうんじゃなかったけど、一緒に過ごす中で、行動で、っていうかいるだけで!優しさとかマイペースさとか、なんかちょっと仙人ちっくな人生観みたいなのを教えてくれた気が。。
ありがとう!じいちゃん!生きてる時に一緒にお酒飲みたかったなぁ!じゃあ、今日はじいちゃんに献杯!!

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