さすけの話

さすけ、という犬を飼っていた。
僕が小さい頃、家にやって来て最後には友達みたいになった。
なんていうか、心のつながりみたいなのを勝手に感じていた。
近所の小学生にも人気で、おとなしく頭を撫でられたり、体を触られたりしていた。
穏やかで優しいところは、家のじいちゃんに似ていたのもあって、
僕はさすけが大好きだった。

今日はそんな家の犬、さすけの話をしてみようと思う。

さすけは走るのが大好きだった。
だから散歩に行くと必ず走った。
走って、草むらに顔を突っ込んで臭いを嗅いで、おしっこをする。
それが終わるとまた走る。
走る、走る。
疲れると少し歩くけど、
「行こっ!」
と言うとまた走った。
僕が全力で走ると、さすけも全力で走った。
小さい頃は、いつもさすけのほうが速かったけど、僕も大きくなるにつれ足が速くなり、負けないようになっていた。
隣で風を切っているさすけと走るのはとっても楽しかった。
耳がぴーんと立って、風を体で感じて、それこそ風の中を進むように走った。
そうすると、茶色い毛が嬉しそうになびいたのを覚えている。

さすけは走るのが好きで、あれは喜びだったんだと思う。
純粋に、走るのが楽しかったんじゃないかな。

だけどある頃から、急にさすけが僕の横からいなくなった。
前を向いていても、目の端に、あるいは前方に必ず映っていた姿が、いつしか僕の後方を歩くようになっていた。
走りだしても、すぐに止まってしまい、その場に座り込んでしまう事が多くなった。
考えてみれば、もうその頃は十何年か生きていたから、犬の歳で考えてみればとっくにおじいちゃんだったんだ。
犬は、僕らより早く時間を生きている。
一年は、彼らにとって僕らと同じ一年じゃあないんだ。

僕は段々と足腰が弱っていくさすけとゆっくり散歩をした。道端に座り込んで休憩もした。
さすけは長いベロを出して、はぁはぁ、と息をしていた 。

だから、いつもより長い散歩になっていたけど、僕はその時間が愛おしかった。
平和な時間が流れていた。

そんな時、いつものように散歩に出かけると、前の方から可愛らしい子犬が女性に連れられて歩いて来た。
すると僕の持っているリードがばしっと伸びて、さすけがその子犬の方に走り出した。

け、喧嘩か!?

と思いリードを引っ張ろうとすると、そうではない。
さすけは子犬の顔をペロペロ舐めたり興奮して周りをくるくる回ったり、めちゃくちゃ嬉しそうだった!
そしてどうやら一瞬で恋に落ちたさすけは、その子犬に抱きつこうとした!

と、次の瞬間、
さすけはジャンプして飛びつこうとした姿勢のまま、ばたーん!
と横向きに倒れてしまった!
「えっ!」と驚く僕。
「きゃあっ!」と飼い主の女性。
「さすけ!大丈夫!?」
と声をかけるが、さすけは地面に横になったままぴくぴく、ぴくぴく、と痙攣してるような動きをしている。
「わぁっ!どうしよう!?」と、女性も僕もその場におろおろ、うろたえていた。

このまま、さすけ、死んじゃうのかなぁ‥

と、思った瞬間、さすけはふっと起き上がり、何事もなかったかのようにそこらの草むらの匂いを嗅ぎ、
それから何か思い出した様に、はっと目を上げた。

そして、そこにまた例のかわいい子犬の姿を見つけてしまった。
するとさすけはまたもそのわんちゃんに一目惚れ!
(いや、この場合二目惚れか‥)
すかさず飛びつき、抱きつこうとした。

えっ!いや、大丈夫なの?さすけさん!ていうかアホでしょ!!

と言う間もなくさすけはまた地面にばたーん!!

連続ハートアタックだ。

僕は苦しそうに倒れてまた痙攣を始めるさすけを見て、なんて馬鹿で愛おしい奴なんだろうと思った。
「えっ!大丈夫?さすけ(笑)」
こ、こんな最後?
ぴくぴく、ぴくぴく。
「えっ!ごめんなさい、大丈夫かしら」と言いつつ語尾が笑っている飼い主。
「すいません、なんか」と僕。
ぴくぴく、ぴくぴく。
笑いと不安が同時にやって来るような時が流れた。

夕暮れ時、若い娘に恋をしたゲーテみたいな犬が道路に倒れていた。
みなさんご覧下さい!
これがうちの犬です!さすけです!

あるフランス人は
「今日この恋が叶うのなら明日世界が終わったって構わない!」
と言いました!
どうでしょう!犬も激しい恋をするのです!
こんな犬もいるんです!
と、世界中に叫び出したいくらいの気分だった!

‥っていうのはオーバーにしても、

‥まあ‥何だか、これはこれでいい人生だったのかな、と思った時、
さすけはまたふっと立ち上がって、今度は、はあぁー、と息をついた。

僕と飼い主の女性は顔を見合わせて笑った。ほっとして。
そしてさすけは懲りたように、子犬の方を見もしないで、反対方向へ歩き出した。
僕は飼い主の女性にお辞儀をして、さすけの後を追いかけた。
その後ろ姿はなんか、なんか、かっこよかった!
人間なんてそんなかっこいいもんじゃないぜ、って言ってるような気がした!
犬だけど!
君は犬だったけど!大好きだよ!さすけのそういう所!
だけど、ねぇさすけ。
あれが人生で最後の恋だったかな?

だったらあれは、素敵な恋だったんじゃない?
と友達の僕は思ったのでした。

おしまい

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