でも、人間は喋らずにはいられないのです

誰かが言った言葉や考えは、一時はそばにいるかもしれないけど、長い事はあなたのそばにいない気がする。
忘れずにいられるのは、やっぱり自分で考えて気がついた事とか、発見した事。
体への染み付き方が違う。
医療現場で、ドナー提供の型が合うとか合わないとか聞くけれど、それは考え方とか言葉にも言える気がする。
みんながみんな同じ考え方になるわけがないし、たとえ、辿り着く答えが一緒だとしても、そこまでに行く道筋は違うものになるはず。
途中でどんな景色を見て来たか、どこに寄り道をして来たか、答えが球体だとしたら、答えに入る角度だって違うはず。
ある人は下から潜ってきて、顔を出したらあったかもしれない。
ある人は落っこちて、落っこちた所が答えだったかもしれない。
だけど問題は、答えが出たって人生は続くという事。
人生には答え続けなきゃいけない。
答えを出すために人生があるんでもないと思うけど、何の為に人生が用意されているのか、全く考えないでもいられない気がする。
ふっと風が吹いた瞬間に全てを了解した人だっていたかもしれない。
けどまた迷い子が生まれてくる。
いくら人格が高く、尊くなったとしても、いずれその人は死んでしまい、また何も知らない子供が生まれてくる。
また最初から生きる一つの命が。
なんて事だろう。
また僕たちはやり直さなきゃいけないんだ。
何かを、少しずつ良くしてって、どんどんパソコンのアプリみたいに改善されていって、いつか完璧になって。
それで、それで僕らはどうなるんだろう?
みんなが悟りを開いたみたいに争いも憎しみ合いもしなくなって、地上を天国みたいにして、それで、それから僕らはどうなるんだろう?
天使になるのが僕らの目的なのかな?
てゆうか、僕らに共通の目的なんてあるのかな?
でもせめて、共通の感情なら持ち合わせていてほしい。
皮膚の色や声や言葉や文化は違くても、同じ人間なら、大切にしている事とか、かけがえのない物事にはそう隔たりは無いはずでしょう?
語られないルールの方が大事なんだと思う。
言うまでも無い事の中に、大切な事があるんだと。
あるいは、言い表せないけれど心の深い所ではもうちゃんとわかっている事とか。
物事が形になって現実になる為には時間がかかりますよね。
イメージを形にするとか。
技術もいる。
子供は、自分のイメージと手先が一致しないで、上手く言葉が伝えられないでもがいたり泣いたりします。
でもそれはきっと大人にも言える事で、大人は何年もかけてあるプロジェクトを完成させようとしたりしますよね。
何かに人生を賭ける人もいる。
一生をかけても、一人の人間に出来ることなんてほんの僅かな事かもしれない。
だけど、何もしないで済む程人生は短くもないし、生命というのは穏やかでもない。
でも、いつまで僕たちは競争しなきゃならないんでしょうか。
他人との優越でしか価値を感じられないのは貧しいことだと思います。
だけど、僕等は結局そういう事柄が大好きです。
測れる能力は測ってしまうんですね。
そして、価値を置く。
数字で計れない物事には賞を贈る。
賞は物差しの代わりになります。
無駄をなくすとか、発展や進歩をする為には必要な事なんでしょうね、競争って。
けど、もう十分に僕たちは競争をして来た気がしませんか?
人生がいつかは負けるレースだって事を知っているでしょう?
そんな事を考えてしまった今日でした。
きっともっと前から考えていて、言葉にされたのは今日。
でも言葉にすると、漏れてしまう考えとかイメージがたくさんあるんだと思う。
でも、人間は喋らずにはいられないのです。
子供から大人まで。
口で喋るのが得意な人もいれば、書き言葉の方が得意な人もいて。
世界は言葉で溢れています。
そりゃもう、耳を塞ぎたくなる程に。
動物から見たら、人間が何をしているかなんて想像も付かないでしょうね。
ま、興味もないか!
ではまた、御機嫌よう!

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