チョコレートの誘惑

「チョコレートの誘惑」

夜中の1時過ぎ、テーブルの上にチョコレートが置いてある。
別にダイエットしてるわけでもないし、甘いものを控えてるわけでもない。
断る理由はとくに見当たらないから、その誘惑に乗ってしまう。
がさごそと包みを剥がす音。
ほんの少し広がる香り。

口に運ぶと、甘さが口いっぱいに広がって数秒間の幸せに浸る。
たった数秒間。
心はもう次のチョコレートを欲している。

いや、体はもう手を伸ばしている。

一体チョコレートを発明したのはどこのどいつなんだろう?

これは結構な快楽じゃないか?

雪山で食べるチョコレートなんかもっと美味しいんじゃないか?

それにしても物は誘惑を強くする。
無ければ無いで済んでしまうはずが、あると、それが出来ると人間はしてしまう。
物がありすぎて心が入る隙間が無い事が現代人の不幸だ。
なんて言い訳を繰り返しながらまた一つチョコレートの包みをがさごそ。
昔は果物は王様の食べ物だったんだよ。
糖分は大切だったから、その名残で快楽を感じるんだよ。
なんて思いながらもぐもぐ。
いかに自分の言動が一致しないかよくわかる瞬間。。
だけど、ついに袋を遠ざけた!
俺の勝ちだ!
目に入らなければ心にも入って来ないよ!
‥なんて思ってるのは自分だけで、心は記憶してる快楽を繰り返したがる。
そして今、弟が夜食のカップラーメンとポテチを買って来た。。
こんなの駄目だよ‥
でも頭の中で音楽が流れ始めた。
いや違う、部屋の中で、パソコンの中にいるオーケストラからだ。
昔の王様がしていた事はみんなに配られている。
今の王様がしている事はわからないけど、結局は快楽の追求じゃないかな。
例えば夜中のチョコレートとか。
夜中にベットで待ってる女の子がいる。
夜中にテーブルの上で待ってるチョコレートがある。
甘美な誘惑は夜中にやってくる。
朝が来るまであと数時間。
朝が来たから鶏が鳴くのではないのだという。
鶏が鳴くから朝が来るのだという。
ただ問題は、夜中に鶏は鳴かないんだ。
覚める者もいないというわけだ。
もう時計は2時を回った。
では、これから映画を観る事にしよう。
題名は「サクリファイス」。
夜中にぴったりなタイトルだ!
全く、映画を発明した人も罪深い。

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