雑踏

「雑踏」

道行く人を見ていた。
急ぎ足で何かに向かって歩いて行く。
みんな目的があるみたいだ。
僕は停止して、定点観測するみたいに流れてく人を見ていた。
左から右へ。
携帯電話を片手に歩く人。
右から左へ。
誰かの手を引っ張って歩く人。
無数の言葉が頭の中に入ったまま運ばれて行く。
言葉を交わすと、言葉はその人の頭の中へ放り込まれて、沈んだり、分解したり、隔離されたり、消去されていく。
無意識に吸収され、消化され、違う形になって使われ、また別の人に違う形で使われる。
言葉はそうやって人から人へ、文から文へと移動と結合を繰り返し生きているように思える。
母親の口癖はそのまま娘へ伝わり、友達やそのまた知り合いへと広がっていく。
さながらウイルスのように、増殖と感染を繰り返す。
いい言葉は明るさを纏いつつ暖かく広がってゆく。
悪い言葉は急激な勢いで、強く人に食い込む。
毒は瞬時に回ってしまうものもある。
透明なまま、無垢なままでいるのは難しく、一滴、透明な水に絵の具を垂らすと瞬く間に染まってしまう事もある。
人は色を変えて行く。
一日の中でだって、気分によって違うだろうし、その人に合う色だってある。
調和する色を持つ人同士だったら、コミュミケーションを取ることで更に綺麗な色が生まれる。
だけど、あまり相容れない色を持つ人同士だと、お互いの長所を潰し合う形になってしまう。
だから組み合わせは大切で、いい人との出会いっていうのは、それだけで綺麗な色を作ってるんだと思う。
そしてその色で一緒に絵を描いたら最高に綺麗な絵が描けるんだろうなぁ、とも。
想像する。

道行く人の頭がみんなクレヨンで出来ていて、それで世界に絵を描いている所を。
みんな一つの色しか持っていないから、カラフルで素敵な絵を描くには協力し合わなきゃいい物は出来ない。
それで、みんなにちゃんと描くスペースがあって、描いて欲しい場面があって、その人じゃなきゃダメなところがある。
みんな、必要とされる。
そんな社会だったらきっとあんまり悲しいことも起こらないのになぁと思う。
誰でもそこにいて良くて、誰もが必要とされる場所。
そんな場所がいくつもある。
そんなだったらいいのになと思った。

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